モトハチ(元蜂の宿管理人のブログ)

閉鎖したライダーハウスの元管理人のブログです

小説の練習:淋しさとどうしようもならない事

本当の淋しさを知っているだろうか。俺は知らない。
郵便局で保険を売っていたことに限界を感じて2年目で辞めることを決意した俺は、3年目をひたすらさぼることに費やした。まだ20代の若造が1日中さぼっていることに周りは誰も気づかなかった。もともと、仕事ができるわけではなく、さぼろうが真面目に働こうがあまり変化はなかったのだ。「俺、辞めるわ」と中学校からの友人の星くんに話したら「辞めてどうするよ」と役場に勤める彼は言った。「なんもねえ、けど、辞める」とサントリー山崎を半分ぐらい飲み干した俺は言う。「そうか」と同じぐらい飲んでいる星くんが言った。俺たちは1本8000円の山崎を空にして、コンビニまで行き途中で立ションした。冬の寒い夜で、オリオン座がはっきりと見えた。「いいなあ、俺も辞めたい」と星くんが言った。
それから俺は郵便局を辞め、あてもなく放浪しようと資金をためようと思ったら奴隷を必要としていたバイト先の店長にスカウトされる。そのまま新規店舗のオープンを任されて飲食業に飛び込んだ。ノウハウを1からしっかりと学ばなければいけない状態で、俺にそれを教えてくれる人はいなかった。自分でやらなければならない。それをここで学んだ。気がつけばそこで3年が経過し、俺は居酒屋を立ち上げるノウハウを持っていた。自分の中にノウハウがあるならば、それを実行したくなるのは自然な事だ。店長に辞めることを伝え、新しく自分の店を建てることにした。
俺はフランチャイズの居酒屋に勝てるとはこれっぽっちも考えていない。1人でやることの良さは、値段や美味しさではないのだ。自分1人で回す居酒屋。さんま御殿の明石家さんまのような感覚が必要だ。イメージしたテナントが見つかり、そこを業者を入れずに改装した。すべて1人でやらなければならない。クソがつくほど忙しかったが楽しかった。睡眠時間は5時間あればいいほうで、それでも毎日が充実していた。そんな時に星くんから電話があった。
「おう!元気か?俺は元気だ。自分の店出すんだって?いやあ、マジですげえな。いやいや、俺なんてまだ役場の公務員やってるよ。結婚した?うん、俺はお前が郵便局を辞めた後に結婚したよ。子供もいる。いやいや、これで一生辞められないよ。今度店に行くから、おごって。え、まじー?金とんの?あはは!オッケー、じゃあまたね」という電話の後、自殺したのだ。
星くんの死は壮絶で、自分に首輪をつけて、廃棄された畑の真ん中に杭を打ち込み、そこに首輪と鎖でつないだ状態でガソリンをかぶって着火。横にはサントリーの山崎のボトルが1本空になっていたらしい。役場の会計からも星くんが操作したと思われる不正な金の流れがあって、それを使い込んでの自殺ということになった。田舎の、役場の話だから、もちろん内々に処理された。
俺がそれを知ったのは星くんの死から7日後で、奥さんからの電話だった。「あ、もしもしー?」と電話に出た俺に「・・・・もしもし」と女の声。あれ?星くん?と思ったら奥さんで、今回の事を知ったのだ。
俺は大急ぎで喪服に着替え、星くんの焼けた後を見に行く。もちろん骨になった星くんに手を合わせた後だ。小さな子供を抱えた奥さんが案内してくれた。畑の中央、杭だけが残っていた。
「夫は・・なんで・・こんなこと・・」「お金には困ってなかったんでしょ」「はい!使い込みなんて夫がするわけありません!」「それは俺もそう思う」
星くんは俺と違って慎重な男で、何をするにも安全マージンを取る男だ。だからマージャンも弱かったけど、ある意味公務員的だと思う。そんな彼の死にざまに、俺はメッセージのようなものを感じていた。
墓標のように突き刺さった鉄の杭を見つめる。鉄筋とかで使われる直径5㎝ぐらいの太いやつだ。ウニウニっとした表面、その上部は輪っかになっており、ここに星くんは鎖をつないだんだろう。俺は奥さんの許可をもらって、その杭に近づいた。輪っかになっている部分の下を持つ。ちょっと横に振るとグラグラするので、すぐに抜けそうだ。抜いた。
先端はとても尖っていた。1mは地中に埋まっていたのだが、これだけとんがっていれば石に当たらなければ簡単に入っていくだろう。なんだかんだで元畑だから、ちょっとしたハンマーがあれば簡単だったと思う。「主人は、なんでこんな事・・・」と奥さんが泣いたが、女の人はこの違和感に気付かないのかな?まあ、地中に埋め込むための鉄筋なんて、すべてこんな形をしていると思っているのかもしれない。
「いや、奥さん。これ磨かれてる」「・・・どうゆうことですか?」「こんなにとんがった先端の鉄筋て、おそらく無いよ」「でも、あるじゃないですか」「うん、だからきっと星くん、これ自分で磨いたんじゃないかな?」「何のために?そんなこと・・」「深く埋めたかったのかな?それにしても大変だよ、これ。専門のグラインダーじゃないとこの硬さの鉄筋は削れないからね」「家にそうゆう機械があるかもしれません・・・」
星くんによって磨かれた鉄筋の先を見つめる。それはキリストを殺したロンギヌスの槍のように見えた。これだけ固く、とんがっていれば、どんな人でも突き殺せるだろう。殺意を感じる鉄筋だった。
「どうします、これ?」「もとに戻しておいてください・・」「わかりました」俺は鉄筋を元の穴に戻した。その重さで簡単に元通り。星くんが飼い犬のように繋がれた鉄筋は、再び墓標に戻った。
俺はそれから激しく忙しくなる。店はオープンして、お客さんを待ち構えるのだが、まったく客が来ない。だから当然広告をうったり、同業者に頭を下げてお客さんを回してもらうようにする。当然金払いの悪い、悪質な客が増えてくるけどいないよりましだ。そんな彼らをもてなしつつ、新しい客に全力でサービスした。俺は彼らが求めるものを知っている。みんな淋しいのだ。
淋しいからここに来る。カウンターの端にすわって何もしゃべらない学校の先生も同じだ。酒をちびちび飲み、皆の喧騒を聞いて楽しんでいる。そうすることで、自分の淋しさを和らげているのだ。
開店から1年がたった。店は常連だけで何とか回るようになり、俺は彼らの気持ちいいポイントをつけるようになった。学校の先生も相変わらず来てくれる。「1周年?おめでとう」とぼそり呟いた。翌日先生は「お祝い」といって、サントリーの山崎を持ってきてくれた。
俺は店を閉めて(というか常連はかまわず入ってくるから半分営業している)先生と飲んだ。「・・・山崎といえば」と俺はつい漏らしてしまう。1年前の星くんの壮絶な死を。それを聞いて先生が言った。
「それは、きっと誰かに知ってほしかったんだよ。何かを隠しているし、話せなかった。だけど知ってほしい、つまりは淋しかったんだ。自分の本当の姿、本当にやりたかったこと、本当の夢、全部体の中に閉じ込めて、表に出せなかったんだ。限界が来たから、そうやって狂ってしまったんだと思う。もしくは、知ってほしかったんじゃないか?」「それは奥さんに?」「それもあるけど、奥さんに話せないことだってあるじゃないか」「じゃあ、誰に知ってほしかったんでしょうね」「おそらく、君だよ」
俺は店のベンチで横になって眠った。酒が抜けた後、シャワーを入りに家に寄りさっぱりした。頭の中では先生の言葉が渦巻いていて、行動せざるを得なかった。スーパーカブにまたがり、1時間ほど走る。地元に帰るが実家には寄らない、目指すはあの廃棄された畑だ。星くんの墓標だ。
ひょっとしたら、もうすべて撤去されているかもしれないと思った。これからやることを考えれば、奥さんに電話をするわけにもいかない。あぜ道を走り、墓標にたどり着く。すでに時刻は夕方になっていて、これから急げば間に合うだろう。近くの農家まで行き、誰もいなかったので鉄のシャベルを拝借した。
星くんの墓標を抜く。ちょっとさびているけど、相変わらずとんがっている。これは殺意だ。星くんの殺意。誰を殺したのか?もちろん星くん自身だろう。穴の周りをシャベルでザクザクと掘り進んだ。あるとすれば、そんなに深くはないはずだ。
ひざぐらいまで掘っていくと、クリアファイルが見えて来た。10枚ほど。中には束になった紙やCDが入っていた。これを貫くのは大変だっただろう。それこそ、重い鉄筋の先をとがらせなければ貫けない。
紙を確認する。さすがに中心部は腐食していたが、それ以外は無事だ。ここに星くんの葛藤がある。誰にも知られるわけにはいかない、でも知ってほしい。それは淋しいことだ。奥さんに渡すのが筋かもしれないが、まずは俺が読むべきだと思った。
居酒屋に帰って店を開けて、一通りどんちゃんしたあと片付け。先生だけが相変わらず端に座っている。「どうだった?」「ありました」「そうか」「見たいですか?」「君が見せて良いと判断したなら」
俺はサントリー山崎を1オンス、ロックで飲んだ。そして紙の束を解読にかかる。それは役場全体による税金の使い込みや、仕事への愚痴、そして小説だった。小説ではSMプレイにハマっていく田舎の公務員の男が首輪をつながれ、Sのご主人様に調教されるのが主人公。そして、主人公はゲイでご主人様はノンケの友人で遠く離れてしまった男という話だった。俺は「ごめんなあ・・」と言いながら、サントリー山崎をちびちびと飲んだ。