モトハチ(元蜂の宿管理人のブログ)

閉鎖したライダーハウスの元管理人のブログです

紙のシフトを撮影したらそこからカレンダーに同期してくれるサービスを作ったよ

「レバンガの試合の日程をカレンダーに自動でいれたら便利じゃね?」

と思いついて作り始めた。ら、すでにあった。

でもICSファイルについて知ることができた。ICSファイルとは、日程が入ったただの文字列だ。

「じゃあ、AIに紙とかPDFのシフトを読み取ってもらえばICSファイルにしてもらってカレンダーに自動で読み取らせることができるんじゃね?」

と思いついて作った。まだ無かったからだ。

シフトの写真を撮影して、geminiに読み込ませた。単純な文字列を吐き出すので、それをコピペするとカレンダーに読み込ませることができる。gooogleカレンダーは認証が厳しいのでiphone限定だ。

「いいじゃん」

と思ったら間違ってた。自信満々で間違うのがAI。改善点をclaudeと相談する。結論が出た。

「chatGPTを使えってことですわ」

Geminiはアホの子、それがわかった。

 

夜、仕事中にシフトを撮影すればカレンダーにアップしてくれるサービスをつくったよ、というと感心してくれた。手打ちして、確認するのは手間だよね。我ながら良いサービスだとおもう。でも、これを広める方法を知らない。

shiftup-pearl.vercel.app

 

でも、進化もしてる。

今とりかかってる認知症向け会話アプリはロボっぽい音声出力が問題だった。

が、新しく出たGeminiのTTSというヤツは日本語を感情込めてしゃべってくれる。

こいつぁすげえ。

 

 

Higgsfieldで動画生成

 来年の仕事をいただけそうなので、まったりとしている。金になりそうなアプリを作りまくろうと思ってた気持ちがうすれ、なんか作りたいものを作ろうに変わってきた。

 

 「シナジーがかかるローグライトゲームとぷーさんのホームランダービーをミックスしよう」

 

 とAIに相談してとりかかった。

 

 が、途方もない作業であることが分かった。

 

 AIを使っても、ファミスタはできない。あれは、偉大なる先人の試行錯誤の末にあったものだったのだ。ましてやぷーさんのホームランダービーの絶妙なバランスと爽快感は簡単に再現できるものではない。

 

 だが、収穫もあった。

 

 AIでゲーム作成!という動画を漁ってたら、HiggsfieldというサイトとAIで簡単に映画のようなムービーを作っていたのだ。これは興味深い。

 

https://youtu.be/ySgekCT4tIw?si=Gbr9hbTrXR_FU-Ig

youtu.be

 さっそく、チャッピーに全任せして動画を作り始める。3000円ほどの課金をする。ぐいぐいと動画を作り始めた。できたのがこれ。

 

この黒人マッチョが気に入ってしまい、こんな動画も作る。

Bリーグが始まったので、日程をカレンダーに同期するサービスを作ろうと思ったら、もうあった。作る必要が無くなったので、動画にした。

最初の動画を作った時に、2000円分ぐらいのクレジットを消費してしまった。かつ、チャッピーのアストラがトークンをぐんぐん食うのですぐに止まる。

 

だから、claudeで作った。いろいろ指示をもらいながら、手作業で動画を作る。この方が楽しい。クレジットの消費も20分の1ぐらいに減った。

 

面白い動画ができるのかもしれない。そう感じている。

 

シルバーウイークは夜勤ばかりだったので、時間があった。

嫁と山の水族館に行く。イケメン館長がボタン1つで出てくるあの水族館だ。

そして併設されている道の駅のそば屋でそばを食う。おいしかったが、激込み。

帰りに好きな温泉、つるつる温泉に入る。さすがに途中で眠くなって、運転をかわりながら帰る。よかよか。



 

副業は言葉

1泊500円の宿を、10年ほどやっていました。

宿を始める前の私は、実家暮らしの郵便局員でした。5年間勤めましたが、保険がどうしても売れず、28歳で退職。その後、兄のもとで居酒屋とライダーハウスの修業を始めました。

貯金はあまりなく、店の売り上げもほとんどありません。ただ、生きていくための経費がかからないことだけが救いでした。

宿は、住んでいるところがそのまま仕事場です。本当は生活空間と分けなくてはいけないのでしょうが、そんなものは建前にすぎません。

私は押し入れに布団をねじ込んで寝ていました。

やってみると、これが超快適でした。出勤時間は0分です。

前日まで一緒に飲んでいたお客さんを見送り、昼の仕事へ行く。時間になったら戻ってきて、居酒屋を開ける。そんな毎日でした。

居酒屋とライダーハウスは一人で任されていたので、気楽なものでした。ワンオペですが、それで十分。カウンターに座ったお客さんとのトークで、なんとか店を回していました。

料理は、怒られながらなんとか覚えました。

忙しそうに見えるかもしれませんが、実際はそれほどでもありません。仕事のほとんどは待機時間でした。

その待機時間に、私はヤフオクでいろいろなものを売ってしのいでいました。

古着、日本酒、小物、ブランド品。何でもかんでも売りました。ネットで仕入れられるものは仕入れ、海外オークションで古着を落札したこともあります。

ある日、俵のように圧縮された古着の塊が届きました。開封した瞬間、古着が爆発。部屋中が服で埋め尽くされました。

1枚あたりの原価は数十円です。それでもブランドものが入っていれば、数千円で売れました。当時は古着ブームだったので、結構売れたのです。

イエローコーンのメッシュジャケットなんて、あっけないほど簡単に売れました。父の日には地酒を仕入れ、「直売所限定です」と書けば売れました。

「言葉がお金になっている?」

そんな感覚が、少しずつ体に入ってきました。

お酒を仕入れ、その味わいをメニューの文章で表現する。カウンターに座った人には声をかけ、その魅力を伝える。

ヤフオクでは、商品の価値を言葉にする。古着なら着こなしを提案し、ブランド品ならブランドそのものの価値を説明する。

言葉は、売れるのです。

兄のもとで3年ほど修業し、独立しました。

貯金はそろそろ底が見えていましたが、それほど不安はありませんでした。お金がなくなればアルバイトをすればいい。ヤフオクで稼いでもいい。寝る場所なんて、押し入れがあれば十分です。

実際、居酒屋の椅子で寝ることもよくありました。

独立した居酒屋で最初に売れたのは、チャーハンでした。

残り物や、その日の特売品をぶち込んで作り、メニューには「マズイです」と書きました。

その名も、

「大将の気まぐれ風あばれチャーハン」

幸い、ライダーハウスと居酒屋は、なんとか軌道に乗りました。冬のアルバイトにも行かなくなりました。

その代わり、一年中、文章を書く仕事を始めました。

Webライターです。

Googleの気まぐれによって生まれたようなこの仕事に、私は熱中しました。SEOを学び、検索上位に表示される文章の書き方を身につけました。

ライターとして一番評価されたのは、裁判傍聴の記事でした。

趣味で始めた裁判傍聴を、文章に変えて納品していました。書いた記事がまとめサイトに取り上げられたこともあり、うれしかったのを覚えています。

裁判を傍聴すると、書きたいことがマグマのように噴き出します。

しかし、それをそのまま書くわけにはいきません。個人を特定できるような情報を書いてしまい、怒られたこともありました。

それでも書きたい。

そこで思いついたのが、フィクションの世界に吐き出すことでした。

小説です。

全部が嘘なのだから、やりたい放題です。それでいて、妙にリアルな感触のある嘘を書けるのではないかと思いました。

しかし、小説の書き方なんて知りません。

適当に書き殴ることはできても、それをつながりのある物語にするのは、とても難しく、根気のいる作業でした。

小説を書くにはエネルギーがいります。

それでも、Webライティングよりはマシでした。

Webライターは、自分がまったく知らない世界の、よくわからないことを、見ず知らずの人に向けて解説します。

クライアントに直接納品できれば、まだいいのです。間にディレクターが入ると、地獄が始まります。

「よくわからないけど、書き直して」

3日間かけて磨き上げた自信作が、そんなひと言で突き返されます。

「何を言っているのかわからない」

私にもわかりません。

でも、ほかのサイトを参考にしたら、こうなったんです。

それでも続けていれば、良いクライアントに出会えました。少しずつ信用も積み重なっていきます。2年、3年と続けるうちに、Webライティングは比較的安定した副業になりました。

ただ、ずっと疑問がありました。

Googleは、いつまでこんなことを続けるのだろう。

質の良い情報をできるだけネットに集めることで、検索サービスの質は向上したのかもしれません。しかし、いつか限界が来るはずです。

誰が書いたのかもわからない文章を、どこまで信用できるのでしょうか。

これからは「何が書いてあるか」だけでなく、「誰が書いたか」が重要になる。

文章のテクニックだけでは足りません。必要なのは専門性です。

実際、稼いでいるライターは専門分野を持ち、自分にしか書けない文章を書いていました。

ライターを続けながら、やがて居酒屋とライダーハウスは終焉を迎えました。

そして私は、介護の仕事に就きました。

介護ライターになろうと思っていたのです。

ところが、就職してみると、頑張って副業で稼ごうという気持ちは薄れていきました。働いていれば給料がもらえる。それで満足してしまい、ライターの仕事も辞めました。

そして、AIが登場します。

私にはそれが、人間の作った「言葉の神」に見えました。

押し入れで寝ながら宿を営み、居酒屋のカウンターで客と話し、ヤフオクで古着を売り、Googleに気に入られる文章を書いてきました。

そのたびに、言葉がお金に変わる瞬間を見てきました。

今は、この言葉の神を使って何ができるのか、考えています。

お知らせ

このブログは、実体験をもとに、人物や出来事が特定されないよう一部に創作を加えています。

もし楽しんでいただけたなら、長編小説『僕は勉強しかできない』も読んでいただけるとうれしいです。

北海道、旅、裁判傍聴──実体験をベースに描いた青春小説です。

▶ Amazon Kindleで読む

 

https://www.amazon.co.jp/dp/B0HC23NCDJ

来年、夜、カウンセリング

 1か月ぶりの夜勤。その前に面談があった。それは来年の話で、AIでアプリ開発するのはいいけど、こんな仕事の話があるけど聞いてみない?と退職を申し出たときに言われていたのだ。まあ、話だけならと聞いてみることにした。聞くだけ。気持ちはもう退職に向かっていて、来年以降のタイミーライス旅のサバイバル人生に向けて気持ちを作っているのだ。

 「どうも」

 と面談が始まった。夜勤が無いこと、介護もしないこと、やることやってればPCを触ってもいいこと、そして報酬。正直、想像の10倍よい条件だった。1年限定で受けることにする。詳しいことは書けないが、とても良い条件だ。AIで作った認知症向けトークアプリを見せる。驚き、感心された。

 

 さて夜勤。それほどきついことは無い。レベルで言えば2。寝ることはできないが、やることもそんな無いレベル。マックスの5は棺桶に片足を突っ込んでいる人がいる、5秒目を離すと転倒するひとが歩き回ってる、便をむしゃむしゃしてる、この世の地獄。

 

 地獄じゃないが、天国でもない。ただ眠い。なんとか終わらせて、ぼんやりする頭で車に乗り込み、家に帰った。2時間寝てまた職場に行く。メンタルヘルスカウンセリングの予約をしていたのだ。

 

 それは2か月ほど前のこと。退職を心に決めて、緊張がふっとほどけたときに

 

「あ、やべ」

 

 となんかやばそうなのが来たのだ。見えない人間が寝ている自分に馬乗りになり、首を絞めて殴ってくる。殴られ飽きたら起きる。そんな感じだった。

 

「それ、今もいます?」

「いえ」

 

部署移動をお願いして1週間で移動させてもらうとそれはいなくなった。

 

「代わりにAIで何作るか考えてます」

 

 カウンセラーの先生は笑った。あたりまえだが聞き上手な人だった。自分でも話していて気づいたのだが、あのままあの部署にいたら、自分は利用者を蹴ったか叩いていただろう。正義感からの怒りに自分は無抵抗だ。どうせ怒るならもっと生産的なことに向けたい。この破壊欲を、もっと面白いことに使いたいのだ。