子供のころからゲームが好きで、ファミコンが黄ばむくらいやってました。
周りの大人は「いつか飽きるだろう」と思ってたみたいですが、いま39歳ですけどゲームが好きです。
アホほど熱中してきたゲームですが、これほどやってくるとさすがに理解したことがあります。
それは、不毛なゲームと役に立つゲームです。
スーパーマリオからモンスターストライクまでやってきた私がおススメするゲームについて語ります。
1、よいゲームは終わりがある
ゲームとはあるていどの負荷があって、それをクリアしたときのカタルシスがあるものです。
たとえばソシャゲだったら強い人や敵にはフルボッコにされますが、時間とお金をかければいつかは勝つことができます、それが負荷とカタルシスです。
格闘ゲームだったらコンボを覚えたり、将棋だったら定石を覚えたり、負荷とそれを打ち破ったときのカタルシスがあるのが良いゲームの必要条件と言えるでしょう。
すべての良いゲームにはカタルシスと終わりがあります。
将棋には奨励会とプロがありますが、ゲーム自体は名人になっても終わりはないでしょう。
そんな面をきらって将棋が好きでもプロにならない人が結構いるのです。
1局1局が楽しければそれでいいのです。
ソシャゲが問題視されているのは、終わりを自分で設定できないキッズが大量生産されていることです。
素晴らしいクオリティのゲームがたくさん無料でできるのはいいことですが、いつかは終わりを区切らないといけません。
私も「スプラトゥーン」で終わりのない沼にハマりました、スプラトゥーンはいいゲームなのですが終わりを設定できない人がやったら引きこもりになります。
幸い私にはお金がないので働かなくてはいけません、引きこもっていられないのです。
どんなものにも終わりはあります「終わらない物語はないんだ」と映画ファイターでいっているように。
2、いいゲームは役に立つ
良いゲームは人生の役に立ちます。
モンハンは終わりのないゲームで不毛の象徴のように言われえていますが、コミュニケーションツールとして役立つものでした。
あと5年もすれば「モンハンあるある」という話題がでてくるはずです、それはとても役に立つ話題でしょう。
将棋は脳内を活性化させますし、シューティングゲームなどは集中力を上げる効果があるといわれています。
先日、ノマドポイントでライティングしてたら、学校帰りの中学生たちがやってきました。
彼らは無駄に集まっているわけではなく、テーブルトークゲーの人狼をやってました。
いいですね、人狼。あれこそコミュニケーションと演技力とウソ力を高めるゲームです。あれば人生で必ず役に立つでしょう。
良いゲームは役に立つのです。
3、人生こそゲームである
ゲームの定義を広げたら、人生こそゲームです。
金を稼ぐ負荷と、使う時のカタルシス。
異性を探す負荷と、合体のカタルシス。
恐怖と行動、未知を既知に変えた時のカタルシス。
脳の容量はまだまだタップリ用意されているので、時間の許す限りはこのゲームはまだまだ奥がしれません。
人生というゲーム自体がなんの役に立っているのかは知りませんが、面白ければいいのです。
愛と正義とウソとインターネットを武器に今日もゲームを面白がりましょう、私が最近覚えた武器は「権威づけ」です。
ほら、あるでしょ?ネットの広告ページで「何年連続売り上げナンバー1!」とか、あれが権威づけです。
権威があるほうが説得力があるということです、ゲーム歴30年のおっさんでした。
広告