他人を見ていて
「 ・・・もったいないなあ・・・ 」と思うことが少なくない。
それは、ライダーハウスという環境だからかもしれないが、
すばらしい才能や、環境や、時間や、行動力にめぐまれているのに、
目の前の果実に手を伸ばさない若者が結構いるのだ。
実にもったいない。
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「 将来はこんなことをやりたいけれど・・・ 」と言うが
遠慮して自分が出せないのである。 例えば「 写真で食べて行きたい 」
という人は結構いるけど、結局その世界には飛び込まなかった。
ハタから見て実力、情熱は十分にあるのに。
彼は勇気がなかったのだろうか? いや、違うと思う。
これは「 失敗が許されない空気 」の層を突き抜けることが
写真の腕を磨くよりも難しい案件だったということだ。
一人になることが出来ない
「 写真家になりたい! 」と言うことが第一段階だとしたら、
「 写真家になるにはどうすればいいですか? 」と聞きにいくのが
第二段階だと思う。
これはなんでもそうだろう。
「 あの会社に入りたい 」と思うなら
「 あの会社に入るにはどうすればいいですか? 」と聞く。
だれかがエントリーシートの書き方や、人事部の電話番号をおしえてくれるだろう。
でも、聞くことが出来ない。 それはなぜだろうか?
おそらく、聞きに行くってことが、自分という個人的な表現だからだ。
自分を表現できないから、赤の他人とコミュニケーションできない。
自分を表現するというのは、日本人にとって低くて厚い壁だ。
学生だったら周りに2,30人の人間がいて、なにもしなければ危険がせまることはない。
上手くいけば、死ぬまで自分を表現しなくても生きていけるだろう。
何者でもなければ( 常に多数に身を隠せば )攻撃される確立は低いという、
イワシやアジと同じ心理的行動である。
その群れを離れて、誰かに何かを聞きに行く。
笑われるかもしれない、失敗するかもしれないだろう。
群れに残ったイワシは「 ほら、やっぱり 」と笑う。
一人になるとはそんなリスクがある。
だが、コミュニケーションをしなくても生きていける世界のほうが歪だ。
それに、そろそろ気付くべきなのだ。
ただ、ひたすらに失敗を回避するためには、ディスコミニケーション状態になり、
誰かに何かを言われるまで、じっとしているほうがいい。
もし、何か言われても「 何も言われませんでした 」といえばいい
「 周りの人もそうしてました 」とか「 やれ、と言われませんでした 」
「 大丈夫かなって思いました 」「 誰も教えてくれませんでした 」など、
便利な言葉は多い。 責任は回避され、失敗はなくなる。
そんな技術が熟練されている、と、思う。
自分も
モーニング娘の最終選考
↓
数名の女の子に、トレーナーがつく
↓
しかし、女の子が没、心を開けない
↓
まわりは困惑「 なぜ!? 」と叫ぶ
↓
それでも、女の子の心は開けない
という話。
モーニング娘の最終選考に残るんだから、一握りの能力を持った子供たちなんだろう。
しかし、自分から心を開いて行動することは出来なかった。
そこで動き出せば、最終選考を勝ち抜くことはたやすかっただろう。
でも、しなかった、なぜか?
おそらく、そこで女の子たちは周りが見えちゃったんだと思う。
いままでは大勢のライバル、その中の一人に過ぎなかったけれど、
数名の「 おんなじ人間 」である最終選考のライバルは、ある意味
「 仲間 」であることに気がつく。
ここで勝ち抜くことは、だれかを蹴落とすことになる。
それは「 仲間 」に嫌われる恐怖も付いてくる。
この恐怖は強い、おそらく夢よりも強い。
ライダーハウス利用者も98%個人旅行者だ。
たまに、複数名の利用者がいるくらいだが、「 大丈夫? 」と思う
値段の安さから、全員の合意でやってきたのかもしれない。
でも、それは表面上の理由で、
「 本当はまともなところに泊まりたいけど、同行者の意見がわからない 」から
とりあえず、一番安いところに来た。 ってパターンも多い。
お互いの顔色を伺って、「 自分が我慢すればいい 」といい人になってしまうのだ。
はっきり言って誰も得しない。
多人数のお客さんを見てると、そんな押しつぶされた意見の香りをたまに感じる。
それに、自分だってそうだ。
今年、いままでやってきたカヤックの値段を上げることにした。
いままでの値段ではやるきが出なくなってしまったからだ。
「 このまま自然消滅するのか? 」と自分に問いかけたところ、
「 それだけは勘弁してくれ 」ということだったので、モチベーションのあがる
値段にすることにした。
それに、安くやっていた一番の理由は、専門のアウトドア屋さんに迷惑をかけたくなかったからである。
そんな理由で、ほそぼそと美瑛川でカヤックをこいだ、10年ほどこいだ。
アウトドア屋さんには一人も出会わなかった。
当然だ、みんな生活がかかってる。 カヤックなんて不採算なイベントに、
時間と労力を消費するわけには行かないんだろう。
昔、美瑛川でカヌーガイドをやっていた人に出会ったことがある。
やはり、事業として、人を育てて、採算化するのは難しかった。 と言っていた。
・・・・そろそろいいだろ?
美瑛川のカヤックといえば僕ってことでいいだろ?
嫌われるかなあ? 怒られるかなあ?
でも、怒る人や嫌う人がいたとしても、あなた、ここにいなかったじゃない。
本気でやる人が出てきたら、個人の趣味に戻すつもりだったけど、
だれも本気でやる人は出てこなかった。
そんな思いで、「 今年は値上げします 」って人に話してたら
「 やっとかい 」と言われた。
わはは僕も、「 なぜやらない!? 」て思われてたんだろうなあ。
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