ライダーハウス蜂の宿

冬季休業中です、ご利用案内→ http://hatinoyado.hatenablog.jp/entry/2016/01/29/235943

写文がシャブい

朝起きて、ストレッチ。コーヒーを飲んで調子が良ければ何か書き始める。朝の時間は貴重だ。1日のうち、もっとも純粋で、集中できる。

 でも、たいていの場合は駄目だ。頭がこんがらがっている。実家にいるおかげで質の良い睡眠をさせてもらっているけれど、寝ている間も仕事のことが離れない。

 いくら書いても書き足りない、それでいてまったく書けなくなる時がある。それはやる気スイッチなのか、ただの情報不足なのかわからない。原因不明のフリーズは、PCにとっても人間にとっても厄介なことだ。

 「なんとかしなければ」と気持ちは焦るのだけれども、日本語は一向に沸いてこない。こんな時の苦しみは全人類が数百年は経験しているだろうに、特効薬は見つからない。

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 「苦しみから生むしかないのだ」と誰かがいい「いや、脳内で誰かと会話することがことばを生むのだ」とだれかがいった。「リラックスがたりない」と怠け者がいった、彼の言うことが一番根拠がありそうだが、「とりあえずツイッターでもみてなよ」と日和見な奴が言ったからそうする。

 ツイッターを見ていたら

「文章力を上げたい人が必ず見るべき12の記事!」

という、もうウンザリするぐらい見飽きたタイトル付けのサイトにヒットした。

タイトルに罪はない、問題なのはそんな想像力のかけらもないタイトルに引かれた自分だ。そのなかからやる気スイッチの話をみつける。その人は「シャブん」つまりだれかの書いた文章をそっくりそのまま写すことがやる気につながるといっていた。

怠けがちな自分のエンジンを動かす、“着火剤”を手に入れる - 自分の仕事は、自分でつくる

そこで「ひとみしょう」さんや「ほぼにち」の糸井重里さんの文章を写してみた。ほうほう、なるほど、この言葉はひらがなでかいて、ここに句読点をうつのか!!うひゃーおもしろーい

こいつはシャブい(シャブんをすることにより気分が良い)ぜ!そういや昔書道に興味が出てきたことがあった。書道の味わい方って超シンプルなんだ。その書家の気持ちになって、その書を自分の中でなぞって書いてみると、筆遣いや息遣い、込めた思いや跳ねた墨の美しさまで伝わってくる。

京都とかの博物館に行った時も、「この書が大名のもとに届かなければ、死ぬ」というようなやつ(年貢を少なくしてくれという内容)の前に立った時、背筋が伸び、気持ちが伝わってきたものな。

そんなことを思いながらシャブっている(シャブんをしながらいやらしいことをしている)と自分の中の誰かが覚醒して「さあ、今日もがっつり日本語かきましょか」と言うのだ。

シャブいぜ、実にシャブい

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ザンギをあげるコツは「ショワー!ピ!ピ!」

今週のお題「得意料理」

 飲食の仕事をして、なんだかんだ10年ほど経過しました。

 一番作ったのはザンギです。ザンギをメニュー化したのは、自分の店をもってからでした。

 (ザンギは鶏のから揚げの北海道風の呼び方ですが、そのルーツは中華にあります。釧路の中華料理屋さんが、鶏のから揚げにたれをかけた料理「ザーチー」をアレンジしたのがザンギの発祥と呼ばれています。)

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 道外のお客さんが多い私の店にとって、ザンギはすぐに売れ筋メニューになりました。ただ、こまったことに揚げ物の経験が私にはありません。

 ザンギを上げるポイントは「外はカリっと、中はじゅわっと」です。それは実際に食べてみるまで分かりません。

 ザンギを油から上げるタイミングは経験しかありません。すわ「上に浮き上がったら」とか「色がきつね色になったら」とか「箸でつかんでこまかい振動を感じたら」などがあります。

 温度も180度で5分などとありますが、ザンギの形状や油の温度はあいまいなものです。

 中まで火が通っていないことが恐ろしくなってきて、黒くなるまで揚げたことがありました。食えたものではなかったです。逆にさっと上げてしまい、ほぼレアなザンギもありました。おなじく食えたものではありません。

 毎日ザンギを食いながら、タイミングを模索していました。解決したのは「2度揚げ」です。

 やや低めの温度でじっくりと中まで火を通し、一度上げます。それから油を加熱して、今度は高温でさっと揚げます。

 こうすることで、「そとカリ、なかジュワ」ができるようになりました。

 油鍋が小さいのも良かったです。油の温度をコントロールしながらできるからです。専門のフライヤーだと、低温→高温をやるためには2台必要になってしまいます。

 先日、TVで札幌のザンギの名店のやり方を知ったのですが、そこは「3度揚げ」でした。3台のフライヤーをつかって揚げまくってました。

 3度はさすがに無理ですが、2度でも十分なかまで火を通すことができます。ポイントは余熱です。1度目で肉に蓄温して、少しの時間放置しておけば、その間に中に火が通るのです。

 大量に揚げまくる飲食店で、このやり方は実に有効でした。1度目と2度目のインターバルを利用して、料理の揚げ物以外をセッティングしておけば、じつにスムーズに揚げたてを提供できます。

 このコツを教えてほしいといわれたことがあります。

「ほら、油をこれぐらいまで熱するだろ?」

「これぐらいって。どれぐらいですか?」

「んー、むずかしいんだけど、箸をいれたら『ショワー』ってするだろ」

「・・・」

「んで、箸をあげたら『ぴ!ぴ!』って油が切れるじゃん?これぐらい」

「・・・・」

「2度目は高温でさっと通すだけだから、油はグラグラ、ショワー↑!!って感じ」

「・・・はい」

思いっきり焦がしてました。

 

体感するしかおぼえる方法がないものってあるのだと知りました。

 

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脳を停止させる方法

「やらなくては」という気持ち、それはたまに毒になるよという話です。

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仕事というのはいつの間にか増えていくもので、それをクリアするためにかなりの時間が必要になります。

仕事ではなく目標でも同じです。高い目標を見据えてしまうと、それに向かって努力します。

それは素晴らしいことなのですが、努力していない時、休んでいるときは自分を責めてしまいがちになります。

「ライターとして冬を越すぞ」という目標を立て、1日の仕事ノルマのようなものを設定すると、休んでいるときも「やらなくては」という気持ちに責められます。

それは脳としてもまったくリラックスしておらず、作業を再開してもまったく頭が使い物にならないということがよくあります。

これは良くない、そう思って究極リラックス状態に持っていく手法を使いました。

夜の、鏡面のように静かな湖の上に立ちます。

あぐらをかき、目を伏せ、息を細く吐きます。

究極リラックス、体は浮力を失って湖の中へ。

そこにあるのは楽しかった過去の思い出で、あの時、あそこで見た景色など。

脳のシワがのびきるぐらい楽しかったあの瞬間へいきます。

ケンタッキーフライドチキンを野良犬とつかみ合ったあのとき。

知らない車のフロントガラスに「またね」とルージュの伝言

全裸高速チャレンジ。

ヌルヌル大相撲。

やくざでポン

デス神社

サメぬき

毒ッキー

ポン!

ああ、ポンか、トイメンの無理鳴きに「若いな」と笑みを浮かばせながら、今年もあと367日しかないのか・・・と思いにふけるクリスマス・イブ。今年も虹色のカメレオンが時給385円の仕事をあっせんしてくれるのでしょうか。そんな妄想をしているうちに、脳は完全に停止して、気が付くと3日ぐらいが経過しているのです。

さあ、しごとをするぞっと

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しがみつける所がきっとある

ライダーハウス蜂の宿管理人のノザワです

 

なにがいやで逃げたのか、どんなことならなっとくできるのか

それを確認したほうがいい、ということについて

 

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保険がイヤで逃げ出した過去

 私は郵便局で保険を売るのがイヤでした。 保険営業に付きまとうコンプライス義務違反とかノルマがイヤでした。 そのウソや不義理から逃げたくて辞めました。

 それから飲食業にはいりました。 飲食にはウソや不義理はありません、かわりに労働時間のわりに利益の少ない仕事でした。

 でも、私にとってそれは「ウソ」や「不義理」よりもなっとくできるものです。 どんなに貧しくても、長時間労働でも、私にとってはしがみつきやすいものです。

 

しがみつける場所をさがせ

 どこに行っても、なにがしらの不満や苦痛はあるものです。 大事なのは「何がイヤで」「なんだったら納得できるか」ということです。 そこに100点の答えはありません。

 自分の居場所を探すとき、「もっといい場所があるかもしれない」と思うのは当然です。 ですが、考えかたとして「ここなら、なんとかしがみつける」というのもあっていいと思います。

 それは場所だけではなく人や待遇、環境や出身もあるでしょう。 人それぞれしがみつけるものは違っていて、しがみつける所もあればしがみつけない所もあるんです。

「自分の天職をみつけよう」

とか

「自分にしかできないことをしよう」

などというのは、とても良いエネルギーになりますが、「もっともっと」となりがちなのです。 そこで生きていこうと思うのなら「ここならしがみつけるかな?」ぐらいの気持ちでいいのだと思うのです。

どこにいっても不満や問題点、理不尽や差別はあるのですから。

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