「やあ、悪い、遅れた」といって博政がやってきたのは、もう日も暮れて漆黒の闇が降りてきた後だった。
「言いだしっぺが遅れるなよ」と木村
「なんか用事があったのか?」と稲垣
博政は「ゼミの先生に急に呼び出されてさ、よし、始めるか」といい「やるぞ、清明」とソファに横たわっていた清明をつついた。
「・・・ゼミの、行天先生か」と清明は聞いた、そうだと博政が答えると、そうかといって卓についた。
その夜の博政はツキまくっていた。
東2で倍マンをあがったのである。
「悪いな、清明」と笑う、この男、ギャンブルにむいている性格ではない。
裏表がなく、ウソがつけない。 テンパったらすぐに顔に出る、ポーカーフェイスとは世界一かけ離れた人間だろう。
だが、そんな人間だからこそ、ツキを味方につけたら強い。
「ロン!まただ!」東3でまた博政があがった、木村も稲垣もやれやれといった表情で「今日は博政の日だな」としゃっぽをぬいでいた。
「ゼミの仕事で働いたものにはツキがくるのさ」と博政は笑い、親が清明にわたった。
場の空気は完全に博政のものだった。
トップの博政はもうあがる必要もない点棒をもっていたので、安パイを確保しつつ安手を作っていた。
そしてツモもあと数順というところで、清明が口を開いた。
「ツキか・・・ツキというのは、本当は「憑き」からきているのを知っているか?博政」
「また、得意の呪か?清明?」
「いや、憑きは憑きだ。そもそも、人間の運には限りがあるっと・・・・リーチだ」
のこり数順の親リーに、全員が降りた。ノーテンバップをかき集めて、清明の親2局目が始まる。
「今日のお前のように運がツキまくっているのは、たいてい憑いてる。肩が重くないか?」
「よせ、縁起でもない」
「いや、縁起だ。縁起とはそもそも「精神的な働きを含む一切のものは、種々の原因や縁によって生起する」という意味だ」
「すると、俺の肩にご縁があって、誰かが乗っているっていうのか?」
「おそらくはそうだ。最近人の思念がこびりついてそうな古い場所に行かなかったか?」
清明に聞かれ、博政は背中につめたいものを感じた。
最近どころか、つい先ほどまでいた行天先生の部屋は、旧校舎の奥にある。 大学の中でも歴史的建造物に片足をつっこんでる建物だ。
固まっている博政を横目に、清明は中を鳴き、軽くあがった。
3局目、清明は続けた
「憑かれるときは、人の思念が残っている場所に、夜行くときだ。輪郭がおぼろげになるような暗闇にいると、自分の境目が分からなくなる。そこに憑かれるのだ。」
場は静かに進む、博政は行天先生の部屋を思い出す。
真っ暗だった。
呼ばれてお伺いしたはずなのに、部屋に行天先生はいなかったのだ。
「先生?」とむなしく声だけが響いた。
窓にはカーテンが引かれていて、背後の内廊下からは少しのあかりもこぼれない。
携帯嫌いの行天先生に配慮して、ロッカーに携帯をおいてきたのを悔やんだ。
しかたなく博政は部屋の奥にあるはずのスイッチを手で探った。
完全な暗闇の中を泳いでいる気分だった。
「どうした?博政?」と清明が覗き込んだ。
「・・・いや、なんでもない」はっとして博政は答えた。
「そうか、ところで、それロンだ」3ハン5800の手で清明があがった。
4局目
「どうした博政。流が止まったか?」と木村
「憑いてる人をもう一度呼んだらどうだ?」と稲垣
「『命運を託す』というだろ、今のお前の運は二人分だ」と清明
人の気も知らないで・・・おちゃらける三人とは違い、博政は先ほどまでの剛運が怖くなってきた。
行天先生の部屋の電気は結局見当たらず、机らしき場所に資料をおいて出てきた。
そして、ココに来た。 ハイは意思を持ったかのように博政のところに集まり、美しく複雑な役を形成した。 初めての体験だった。
「命運を託されたものは、二人分の因果を背負う。その分運が強くなるのだな。ところで博政、行天先生はどんな人だと思う?」
「先生は・・・すこし変わった人だな」
「大学教授という特殊さを引いても、あの人があそこまで出世したのはなぜだろうな?」
たしかに、行天先生は変わり者である。
人文学の分野においても、誰もやらないような研究に生涯をささげ、学会からは腫れ物扱いを受けている。 博政たちの大学で「き○ガイ行天」といえば有名だ。
「オレが思うに、博政。あの人はずっと憑かれていたのではなかろうか?」
博政は仰天先生の目を思い浮かべた。目の前に立っても、どこか中空を見つめているような大きな目。 何者かに憑依されているといわれても納得してしまうだろう。
「なあ、博政。お前は今日、行天先生にあったのか?」
冷たい刃物で刺されたような衝撃を受けた。 なぜ?そのことを言っていないのに?
「・・・いや、先生はいなかった」とかろうじて平静をよそおい答える。
「そうか、ところでそのイーピン、ロンだ」
木村と、稲垣がうわーとした顔で
「みえみえの、染めだったろー」とさわぐ、ドラがついて跳マン、18000だった。
その後、朝日が昇ってきたので麻雀をやめ、24時間の中華料理店に行くことになった。 みな腹が減っていたのである。
五目チャーハンをかっこみながら博政は聞いた
「清明、オレに憑いてるやつ、おとせるのか?」
かに玉チャーハンを食う手を止め、清明は顔を上げる
「 ? 」
博政はさらに聞く
「今日言ってた行天先生の憑き物だよ、オレに憑いてるっていったじゃないか」
ああ、と清明はウーロン茶を飲み、こう言った
「博政、アレはウソだ」
流れを変えたくてついた真っ赤なうそだ。 実際あのときのノーテンバップから流がかわっただろう? お前が行天先生の所に行ったと言うから創作してみたのだ。 うふふ、見事にはまったなあ。
「な・・・・でも、先生に会ってないのはどうしてわかった?」
それもどっちでもよかったのだ、実際に先生に会っていても「それは本当に先生だったのか?」といえば、お前は怖がる、効果的だ。
「・・・・清明・・」博政は言った「チャーハンはお前もちだ」
やれやれとウーロン茶を飲み干し、会計に立った。
それにしても、なんともカンタンな解呪なのだと清明は思った。
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