ライダーハウス蜂の宿

閉鎖しました 

裁判傍聴に行って生きることの意味を考える

今週は裁判傍聴ウィーク。

朝、電話で確認すると月曜日から金曜日まで毎日あります。

車で旭川へ。午前中に2件傍聴しました。

 

それから、食堂だった場所で仕事をします。

wifiは飛んでいませんが十分です。暖かかくて、明るくて、何もありません。

集中するにはこれ以上ない場所でしょう。誰かくるとしても、昼休みに職員が使うぐらい。警備員が見回りに来たので「ここにいてもいいですか?」と聞くと「もちろん、いいですよ。ここ暖かいでしょう」とやさしい。

傍聴内容をブログに書いて、16時の裁判まで仕事です。

時間が来たので法廷へ。簡易裁判の法廷に入ると知り合いがいました。10年ぶりぐらいです。

あまりにびっくりして、混乱しました。どうしているの?と聞きたいのですが、私語は厳禁です。

裁判を終えて、やっと会話できました。

hatinoyado8.hatenablog.com

仕事の関係で、生活保護受給者の犯した事件だったから傍聴する必要があったとのこと。

刑務所に入れば、生きる権利、は最低保証されます。つまり生活保護を受ける資格を失うのです。

「大変な仕事ですね・・・」と言いました。

 

裁判傍聴で、生活保護者が万引きを行うのはしょっちゅう見ています。それだけでも、やるせなさに襲われます。彼らと、本気で、人間として会話することの大変さ。想像するだけで魂が削れていく。

知り合いと別れて、車で美瑛まで帰ります。気温はマイナス11度。路面は地獄のようにつるつるで、のろのろと帰ります。

頭の中で、さっきの被告のことを考えてました。

生きるとは魂の問題だと思います。

あの、しょうもない被告は、嘘を最後までつき続けるのでしょう。それは、なによりも悲しいことだなあ。

 

※※※

 

裁判傍聴に来て元気になりました。

私の好奇心とか、のぞき見根性が満たされるからです。

金にもならないのに、たいそうな身分だな。と自分でも思います。

でも、これが自分なのだから、仕方ない。