何かを始めるにしろ、やるにしろ、動機を問われることがあります。
「 なぜ、こんなことをしてるのか? 」と
ある地点で振り返ってしまい、自分の行動に意味が見出せなくなってしまうとき。
「 ばかばかしい、やめてしまおうか 」と
心のなかでアイデンティティが振れてしまうとき。
そんなときは己の不純さ、汚らしさ、が
助けになってくれるんですよって話。
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何をしてても「 やめたいな 」って時があるよね
僕の職業は
1、 カヤックガイド
2、 ライダーハウス管理人
3、 居酒屋経営
4、 たまねぎ戦士
の4つです。 多いですね。
で、年に一回くらい「 ライダーハウスやりたいです 」って人から相談を受けるんです。
いい人だったら 「 やめておいたほうがいい 」って答えるんでしょうけど、
僕は「 いいぞ、やるがいい 」と応援します。
なぜなら、2と3を組み合わせる、つまり、ライダーハウスと飲酒の組み合わせは、
時にカオスな状況を作り出してしまうんです。( 特に8月 )
ここには書けない汚らしい雑用がいっぱいあります。
で、やってきますよ
「 なんで、こんなことしてるんだろう? 」ってヤツが
それに対抗するためのボディバランスを僕は持っています。
それは、ここ数年でより太くなりました。
それは
「 お金のためだけではやっていけない 」という攻撃に対して
「 カヤックのためにやっているんだ 」と守ったり
「 こんなこと( 汚らしくて書けない )をする人を相手にするのか? 」という
攻撃に対して
「 いや、お金のためにやっているんだ 」と守ったり
「 まともに通年で働いたほうが安定するでしょ? 」という攻撃に対して
「 夏の為にやっているんだ、金だけじゃない 」と守れます
純粋さは、もろい
「 ライダーハウスをやりたいんです 」って純粋な一つの動機は美しいです。
でも、その美しさは犯されるでしょう、間違いなく。
純粋にいい物を作りたい、人の役に立ちたいという願いで出来たものが、
盗まれたり、壊されたり、笑われたり、見えないところからつばをかけられたりします。
そんなとき「 あほくさ、やめればいいじゃん 」とやってきますよ。
動機が一つしかない場合、それに対抗するのは厳しい。
なんでもそうじゃないでしょうか
ライダーハウスを例にとりましたけれど、なんでもそうなんじゃないでしょうか?
付き合ってる彼女に
「 なんで、私とつきあったの? 」と聞かれて
「 好きだから 」と答えるでしょ
本当は、たまたまフリーだったからとか
性欲が貯まっていたからとか
趣味が合うからとか
やらせてくれそうだからとか
いろいろあったほうがいい。
もし、「 好き 」の牙城が崩されたとき
「 でも、こいつ以上に趣味が合う女はいないな 」とか守れますからね
人はそれを「 不純 」とみなすかもしれないが、
笑ってやればいいんです
「 なんで純粋なヤツだ 」と。
そう、汚らしいオジサンは思うのです。
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