大人になれば自然とできるようになるんだ、
と思っていたら、いつまでたってもできないことがある。
もちろんできるように努力したし、
それに特別な才能が必要だとも思えない。
だが、できない。
どうしても、できないことがある。
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サラリーマンができない人
ブログのプロ、プロブロガーの有名人でイケダハヤトさんという人がいます。
現在は高知に住んで、年収何千万と稼いでいるトップランナーですが、
「 自分はサラリーマンに向いていない 」と
1年ぐらいで会社をやめちゃってるんですね。
サラリーマンができないからって、優秀ではないとは限らない。
そんな一例でした。
こんな極端な例じゃなくても、集団行動に向いていない人はいます。
サラリーマンは苦痛ですが、やめるほどじゃない。 それぐらいの人。
そんな人にオススメはゆうメイト、郵便局の配達のバイトです。
理由 1 他人と行動を合わせる必要がほとんどない
2 毎日きっかりと仕事が終わる
3 運動になる
と、メンタルにはいいこと尽くめ( 営業ノルマを除く )です。
が、そんな職場にも、いえ、そんな職場だからこそ集団生活に向いていない人がちらほらいましたね。
彼らはおそらく、多くの職場でつまはじきにされて、郵便配達に身を潜めているんだと思います。
なぜ、つまはじきにされてしまうのか?
すぐにわかりました、彼らは天才なんですよ。
なにかの才能があって、他人をぶっちぎるモノがあるがゆえ、
他人と同調できないんです。
彼らといると、自分の凡庸さがよくわかります。
僕は集団行動とくいです、悲しいことにね。
できないことの近くに才能が埋まっている
なぜか、僕は変人のお世話をすることが好きです。
「 次はどんな変態をみせてくれるのかな~ 」とワクワクしちゃうんですが、
その裏返しに、普通の人付き合いがとても苦手です。
社交辞令や、年賀状や、心からの贈り物や、そのお返しができません。
とくに、女性に多いのですが、
おみやげや、お菓子をくばったりする人いるじゃないですか。
尊敬します、そしてもらいっぱなしですいません。
なぜ、できないのか?
ツールとしてのコミュニケーションは勉強したので出来るんです。
そんな僕にとって、特定の他人と交流するのはわりとカンタン。
ですが、不特定のコミュニティの「 空気 」のようなものがまったく見えない。
この性質はいつから? 昔からでした。
大体のところで浮いてましたね、クラスでも職場でも。
だから、そんな僕の周りにいる人は奇人変人が多かったと思います。
「 このままじゃダメだ! 」と営業に入り、コミュニケーションを
勉強したんですが、基本的な性質は変わりませんでした。
つまり、
できないものは、できない
と思います。
あきらめるか、逃げるかしかないんです。
いーんですよ、やるだけのことはやったんです。
世の中には、いろんな人がいるから大丈夫。
それに、他人が当たり前のように出来てるなら、他人に任せればいいんです
どーしてもできないことに、こだわることはないんですよ。
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