ライダーハウス蜂の宿

閉鎖しました 

令和こそバイクブームを

非常にめんどくさいことに、社会の問題は我々の問題である。

 

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雪の足跡

じゃあ、聞いてください。「さきいかの恋」

 

さいたねー(さいたのよー)

びりびりとー(びりびりとー)

さぁきぃいかのぉーこぉおおいぃいいいいいいいいいいい!!

 

ってことで、今夜も始まりましたカウントダウン・・・あっ!され?おかしいな・

かぁうぅんとぉ・・・だぁうぅんん・・・・・・・・マイク!され!され!あああ!

 

(ラップ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

はい!以上「さきいかの恋」でしたー!!!わー!!!パチパチ。ってことで、かなり変わった曲だったんだけど、むしろ何も言わないラップが熱いよね!ヒップでホップでエミネムも69マイル遠くに吹っ飛ばされちゃうよね!指先の力だけで、いくの乳首を吹っ飛ばしちゃうような、虎眼先生似の女の子にぜひ歌ってほしい!以下日記!

 

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三脚買いました

連休前までに、ライティングの納品をしたかったので、今日は頑張った。

頑張ったら、割と早く終わったので、NPOの勉強をする。

非常に面白い。

 

ドラッガーは日本に対して提言している。

「社会が自分の幸せ、未来を確保してるという考えは捨てるべきだ。日本人は自分の頭で考え、自分なりの価値観を持ち、能動的に社会に参加する人間を育てなければいけない」と。

そして、同じようにサッチャー

「国家を頼らないでくれ、自分で生きて行ってくれ」

といっている。

 

NPOはやはり、あちらさんの文化なのだ。日本では、とにかくトップに責任を取ってもらおうとする。中央集権的な、サムライスピリッツなんじゃないだろうか?いざ鎌倉。

 

担ぐべき国家の為には命を捨てることができるけど、それは責任放棄ともいえる。社会って自分が作るんじゃなくて、偉い人が作るべきって考え。

 

だけど、国家には限界がある。例えば何か問題が起きたとしても、法に基づいて平等に解決する方法をとらなければならない。えこひいきはダメなのだ。

そのカバーをするのが企業。企業は国家とは違い、利益でもって問題を解決する。でも、利益にならなければ問題を解決しない。

NPOは国家と企業が解決できない問題をクリアする存在だ。例えば、この前池袋で老人の乗る車が暴走して、31歳の母親と3歳の子供を殺してしまった。

その旦那の会見を見た。とても悲しい気持ちになった。この問題を解決するにはどうすればいいのだろう?

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鳥キムチ丼

今の日本をがんばって作り上げた世代に対して、リスペクトを忘れずに、免許を取り上げる方法は?

おそらく不可能だと思う。私は去年、父が亡くなったが、ぎりぎりまで車を運転したがっていた。足腰の弱った老人にとって、車はライフラインだ。

国家はこの問題を解決できない。どうしたって不平等がうまれるからだ。一定年齢で免許を返納する法律をつくったとしても、人の体の衰えは人それぞれ。

企業はあんしんブレーキシステムを作ったり、自動運転を開発してるが、いきわたるまで時間がかかるだろう。

では、NPOはどのようなアプローチができるのだろうか?居酒屋の掃除をしながら、ちょっと考えてみた。

 

バイクに乗っている老人をカッコいいというNPO

「バイクってかっこいいよね、一生乗り続けたいよね」と言って、バイクブームを再び巻き起こす。今の老人たちは、黄金の80年代をバイクに乗って過ごしたはず。きっと不可能ではない。

クルマと違って、バイクのエネルギーは小さい。スピードは出ないし、重量が軽いから、慣性が弱いのだ。

物理的に横幅も狭く、人を殺しにくい乗り物だ。頭にカスミがかかっている人でも、転倒すればバイクは止まる。

池袋の事件も、プリウスじゃなく、カブだったら起きなかった。

もちろん、バイクに乗る人が、車に依存する老人とは人種が違うのはわかっている。ライダーは車でも安全運転だ。だから、これは仮の話。

 

 

 

バイクの死亡率は、車よりも高い。

 

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あふれる洗い物

姥捨て山システムとして、バイクと使う。

バイクは人を殺さないが、乗り手を殺す乗り物だ。

 

残酷な考えだろうか?

でも、諸先輩がたならわかってくれると思うけど、病院のベッドで死ぬより、バイクに乗って死にたい。

 

死んでしまうより悲しいことは、人を殺してしまうことだ。輝かしい人生の最後が、あれというのは非常に悲しい。人間は誰だって年を取る。

だから、令和の時代にこそバイクブームを、自動アシストブレーキと自動運転が普及するまででいいから。

 

 NPOの本を読んだら、体が冷えてきた。今日は雪が降る。

銭湯に行こうと思ったけど、そろそろ自分の風呂を起こしたい。

冬の間凍っていたボイラーを起動する。床がめくれていたからホムセンでシートを買ってくる。風呂は普通に炊けた、が、水が漏れていた。まあいいや。風呂はそんなに使わないし。

(不公平感があるので、ライダーには200円でシャワーを使ってもらってます)

 

 

風呂に入りながら、さっきの問題について考えた。

北海道でライダーハウスをやるってのも、つまりは同じことだ。バイク文化の一端を守ってるはず。

すでにNPOっぽいことを自分はしているじゃないだろうか。あとは、とにかく、バイクに乗った老人を褒めるだけだ。

でも、頭のボケにバイクは効きそうだからな、それはそれで素晴らしいけど、抜本的な社会問題への解決にはならんだろうな・・・と思った。

 

でも、考えて、できそうなことはやるべきだ。めんどくさいことに、社会の問題は自分の問題。政府は政府、企業は企業。

社会問題に対して、能動的にアプローチするのがNPOだ、政府や企業にできないことが、ボランティアにできたりする(ex.いのちの電話

 

とりあえず、社会の問題より先に、自分の問題を解決しなければ。居酒屋を開けながら、掃除をつづける。カラテカさんとAさんが来てくれて、すこしいそがしかった。半年ぶりに、厨房で踊る。細胞がはじける。時間の流れがぐにゃりと歪む。

お金をもらって、自分の料理を、他人に食べてもらう。

こんなに緊張して、かつ、おもしろくて、やりがいのある仕事は無い。こんな仕事に出会えたことに感謝してる。私は、私や私を囲む社会を作ってくれた人にも感謝している。だから、問題を解決しなければならない。