モトハチ(元蜂の宿管理人のブログ)

閉鎖したライダーハウスの元管理人のブログです

誘蛾灯 鳥取連続不審死事件を読んだ

図書館でなんとなく手に取ったノンフィクション。

「誘蛾灯」とタイトルされたこの本は、「あの木島佳苗のような事件が鳥取でも!」という紹介がされていた。以前、木島佳苗のノンフィクションを読んでいたので、興味がわいた。

344ページあるこの本、読み始めたら手が止まらなかった。著者の青木理氏は実績のあるフリーライターで、作中「結局やっていることは出刃亀であることは間違いない。だが、どうしても真実を知りたいという欲求には抗えなかった」と語っている。

裁判傍聴を趣味にしている私にとって、このセリフは膝をパァン!と打たざるを得ないものだ。傍聴していると(世間で注目されるような大事件でなくても)人間や社会をそこに感じることがある。

この本も、視点は殺人という非日常の犯罪から、人間社会の日常へとシフトしていく。ゾワリと背筋が寒くなる。狂気は誰でも手の届くところにあるものだからだ。

 

事件の概要

鳥取連続不審死事件 - Wikipedia

2009年、鳥取の繁華街にあるデブ専スナックのホステス「上田美由紀」を中心として、スナックの常連6名が死亡した事件。うち、2名の死亡が彼女の犯した殺人事件として起訴され、死刑が確定した。

 

www.sankei.com

 

だが、内情はもっとドロドロとしている。

1人目は線路に段ボールをかぶって侵入し、自殺している。その段ボールに「愛をありがとう」といった遺書を書き残している。

2人目は海上事故。牡蠣を取る際に溺死。上田美由紀に金を取られまくっていた。被害者の母親に取材をしているシーンが壮絶。ゴミ屋敷にすむ生活保護者のリアルだった。

3人目は警察官。知的犯罪を対象とした2課の男性。金を取られている。妻と子供もいる。が、自殺。

4人目は起訴されている。睡眠薬を飲ませて、海まで連れていき、溺死させた。上田被告は否認している。「体格が違うから」と言う理由。本書でも「確かに考えにくい」と書いてあった。

5人目。川にて死亡。被告はそこでAという男性を呼びつけて、しまむらで服を買わせる。なぜなら水でびっしょり濡れていたから。殺害は否認。

弁護団は「川まで人間を運ぶことは不可能」としている。そしてAのことを「真犯人である」としている。著者は「耳を疑った」と書いてあった。

聞きたかったな。法廷で、弁護士が、真犯人を指図するのだ。

6人目。被告と同じアパートの住人が死亡。金をむしり取っていた。

被告には5人の子供がいて、その住人になついていた。子供をダシにして、男から金を奪うのは、被告の常とう手段のようだ。本を読みながら「そりゃ金を貢ぐかもしれないな」とちょっと思った。

 

視点のシフト

 

本書では「上田被告が犯人かもしれないし、そうでない可能性もある」というスタンスで語られている。が、内容は鋭い。研ぎ過ぎて、近寄りがたいナイフのような文章だ。行間から流血した肌のような感触を感じた。

例えば、後半で被告と面会をしている。その会話の内容、そして手紙を公開している。

さらに、被告の子供が被害者に送った文章。被告と被害者を引き合わせたデブ専スナックのママ、そして従業員。

いくら偽名を使っているとはいえ、ここまで書いていいのだろうか?と思いながら読んだ。

そして、もし、自分だったらここまで書けるだろうか?・・・・・

書かれた側にとって、迷惑なんて話じゃない。ペンを使った暴力と感じる人もいるだろう。

著者の強い信念を感じる。だって、もっと割のいい仕事はあったじゃないか。実際に木島佳苗の方の仕事の案件も受けていたとのことだ。この著者なら、もっと稼げる仕事がいっぱいあったはずだ。

でも、へそ曲がりを自認する著者は鳥取の事件を選んだ。そして、取材力、精神力、文章力。どれも圧巻。「恨むなら恨め」と覚悟しているのかもしれない。裁判傍聴で、ヤクザに囲まれたぐらいで逃げ去る私とは天と地の差がある。

 

そして、物語は1点に収束していく。

 

それは、事の始まりである、鳥取のスナックだ。

 

生活保護者が出入りするデブ専スナック。「まともじゃない」と同業者に噂される、日本社会の地の底のような存在かもしれない。下ネタとカラオケとドロドロの人間関係。ここに29歳で5回の離婚歴があるキャラクターが登場するのだけれど、70歳の生活保護者と籍を入れていたことがあるという話になる。

「だって、生活保護者だから定期的な収入があるでしょ。それを半分貰おうと思って・・・」という理由で結婚したらしい。

このセリフだけで、鳥取連続不審死事件から読者の視点をシフトさせている。人間の宿阿があり、業がある。金と愛が高速でやり取りされている。そう感じた。

 

まとめ

 

きっとこれからノンフィクションをいっぱい読むだろう。この本は、今年読んだ中でもベストだ。ミステリーよりミステリーだった。