ライダーハウス蜂の宿

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この世はボーッとしてる人から搾取するようにできている

「あの仕事したいです」といっていたライダーが面接に行き、採用され、そして「やっぱりやめます」と言った。どうして?と聞いたら「お金がなくなっちゃいそうなんです」ということ。

仕事って「やっぱやーめた」と言うのは許されるのでしょうか?

 

しばらく考えて「あ、許されるんだな」と思いました。労働基準法とか先人が頑張って勝ち得た権利が我々にはスライドして与えられていて、それを行使することは基本的な権利であるのは間違いありません。だから合わないなと思った仕事はとっとと辞めちゃうのが現代のセオリーで、より時給が良くて将来性があって福利厚生がしっかりしている職を求めるのは当然のことと言えるでしょう。そうしないとブラック企業が蔓延して、ウツになって自殺する人が増えます。日本人の気質として「石の上にも三年」とかはいまだに残っていて、かつ社会性を大事にするお国柄だから「悪いのは会社でなく自分、だから限界まで頑張ろう」というヤバイ思考になるのは避けられません。

でもな、と思います。

時給、福利厚生、年間休日日数なんて数字はあくまで参考にしかならなくて、その仕事の大事なところって「納得できるか」だと思うのです。俺の人生はこの仕事をするってことでいいのか?と問いかけて「これでOK」と答えが帰ってくるものにこそ価値があります。この前農業やってみたいという男を農家さんに連れて行ったのですが、そこで農家さんいわく「時給でいくらというバイトをしても何もわからない」ということでした。単純労働を金でやってもらっているだけ、そこに学びや成長はなくてそんなことをするってことは自分の人生を切り売りしているだけ。ということ。傍で聞いていて「そうだよなあ・・」と思いました。

「いくら文明が栄えても、結局はドレイが必要なのだ!」と漫画版のナウシカは言った。それはまさに我々のことだ、基本的な人権や労働基準法が整備されても、社会は格安で単純労働を繰り返すドレイを求めている。時給2000円だろうが仕事に納得できなければそれはドレイだ。ボーッとしているとそこに気づかない。仕事の選択はとても大切なことなのに数字に騙されてしまう。「探し続けなさい、そして見つけたのなら長く続けるんだ」スティーブジョブスは言った。とにかく自分に合う仕事を見つけなければいけない。それもなるべく早く。ボーっとしてる暇はないのだ。