ライダーハウス蜂の宿

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才能を腐らせないために

ライダーハウス蜂の宿管理人のノザワです

若く、才能がある人が腐っていくことが許せません。

 

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ちきりんさんのブログを読んでいて思ったこと。

d.hatena.ne.jp


 「ブラック化した日本の教育制度では、才能には成長の上限が設けられている」という内容です。
 新しい産業にお金を投資するには、新しい才能が必要です。 
 だけど、それを育てる仕組みが日本にはなくて、鋭い才能は学校を卒業するごろには腐っていきます。
 足並みをそろえたり、遠慮することは才能にとって毒です。 そんなことについて。

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ライダーハウスに来る未成年たち

 ライダーハウスのお客さんは、やはり若者が多いです。 20代がもっとも多いでしょう。 中には未成年のお客さんもいます。
 高校を卒業してすぐに旅に出たりする彼らは、才能の原石に見えます。 レールに乗ることなく、北海道を旅するようなエネルギー、これからなりたいものになれる可能性、どれも私がすでに失っているものです。
 例えば大きい仏像を彫るためには、大きな原木が必要です。 その原木こそが才能と言えるでしょう。 原木は年齢とともに小さくなっていき、それとともに彫れる仏像も小さくなります。
 原木を大きくすることはできません、両親から与えられたものと人生の残り時間がそれを決定します。
 早く、自分の彫りたい仏像をイメージしてもらいたいものです。 それに取り掛かるのが早ければ早いほど、原木は大きさを失いません。
 そんな大きな原木に出会ってしまった者の責任として「どんな仏像を彫りたいのか?」問いただすのは当然です。 なるべく早く、なるべく大きなものを彫りだしてほしいのです。
 「いやだなあ」と思うのは、そんな原木の価値を知らずに威張るおじさんが同席することです。 才能において年功序列は上下が逆です。 おじさんになればなるほど、その価値は0に近づいていきます。

 だから若者には「遠慮をするな」と言いたい。 遠慮は才能にとって害悪です(社会的には必要です)、言葉のナイフをぶっさすことに躊躇してはいけません。

 

言葉のナイフをぶっさせ


 社会はゆるいところはゆるいですが、きついところはガチです。 お金が集まるところほどガチ度が増していくように思います。 
 年収の高い仕事や人気のある仕事ほど、遠慮のない競争社会です。 全速力で走り続けないと、あっというまにおいて行かれるでしょう。
 逆に年収の低い世界では、生きるのって楽勝です。 よくエリートサラリーマンが退職して「なんだこんなもんか」と上手くいくことがありますが、それもこのことでしょう。
 両者の違いは競争の違いであるといえます。 お金が集まれば集まるほど、競争が激しくなります。 そこに遠慮はありません。
 遠慮は害悪です。 たとえば麻雀で初心者を脱出する最初の関門は「遠慮をしない」ことです。 ゲームのような純粋な競争において、誰かのために一歩引く行為は背信行為です。 その誰かのためにもなりません。
 もし「一生貧困のままでいい」とか「誰でもできる仕事でいい」というのならいいんです。 人の言うことを聞き、足並みをそろえてゆっくり年を取ることができます。 才能の原木はわりばし以下の大きさになるでしょう。
 才能を大切にしたいなら遠慮はしてはいけません。 言葉のナイフをビール腹にぶっさすぐらいの気持ちでいんです。 「それは興味がありません」とか「何が言いたいのかわかりません」とか「あなたと私は違うと思います」と言えばいいんです。

 才能を守る戦いはガチですから。 遠慮なくぶっさしてしまいましょう。 
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