ライダーハウス蜂の宿

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芸術のような文章をめざしてはいけない

今週のお題「芸術の秋」

 

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ライダーハウス蜂の宿管理人のノザワです

 

 文章力を上げるべく、毎日PCの前でうなっています。 襲われている感情は「恐怖」です。 なぜそんなことになっているのかということと、今週のお題「芸術の秋」に背を向けていることについて。

 

 書いた文章を他人に見てもらうことは、最初は「快楽」でした。 毎日のように狂ったブログを書いて、それを後から読み直すことが楽しくて、気持ちよかったのです。

 それが「恐怖」に変わったのは、その文章を商品化しはじめたときです。 

 ランサーズなどクラウドソーシングでライターとして登録し、だれかの要望に対して文章を作ることを始めたのです。 それはとても面白く、自分にあっていることだと感じました。 それは今でも変わっていません。 

 ただ、やり続けていくと「より単価の高い仕事」に挑戦したくなります。 とくにライターとして生活したいなら、今のステージにいてはいけないことはひしひしと感じます。 もちろん単価の高い仕事は難易度が高く、自分の技量では届かないと感じることもあります。

 問題なのは「じゃあ、今のレベルに居続ければいいのか?」ということです。 知っていること、できることだけを繰り返していたら、怒られることはありませんが成長もしません。 だからちょっとづつ背伸びをするように上の難易度の仕事に挑戦するのです。

 そこには知らないこと、できないことがあります。 カットされたり、怒られたり、あきれられたり、馬鹿にされたりすることがあります。 それは恐怖です。 でもやらなければいけません。 やらなければ、上のレベルには行けず、生活は苦しくなっていくでしょう。 それも恐怖です。

 どうすればいいのか? ひたすらトレーニングを積んでいきます。 朝起きて、ストレッチをして、一つ論理的な文章を書き、仕事に取り掛かります。 逃げ場はありません。

怖えぇ

怖えぇ

怖えぇ

と思いながらも、自分の実力を上げていくしか道はありません。

 

「いかに情報を伝える文章を書けるか?」というものに芸術性はありません。 文芸というのは評価が人によって変わるあいまいなものです、文章として洗練されていくにはまず削るべきところだと思いました。

 ボクシングに例えるなら、文芸は飛んだり跳ねたり必殺パンチを繰り出すようなものです。 私はそんなレベルにいません。 ひたすら走りこんで、筋トレして、シャドーして自分の型を身に着けます。 それは誰でもやっている基本的なものですが、必ず身につけなくてはいけないものです。

 芸術のような文書を目指してはいけません。 まずは伝わる文章を、それを極めたところに芸術はあるのだと思います。

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