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ライダーハウス蜂の宿

なぜかオネエ言葉になります、ご利用案内→ http://hatinoyado.hatenablog.jp/entry/2016/01/29/235943

それだけでない、なにか

バイクの魅力を誰かに語るとき、ちょっと言葉につまったりする。

バイクはいいぞ」という言葉以上のものがある、なにか力強いものが確かにあるのだ。

上手く伝わらない失望を抱えながら、言葉にできなかったことを考える。いったいアレはなんだったんだろう?と。

同じように「ライダーハウスはいいぞ」と言っても、なにがいいのか上手く説明できない。

テントのようにプライバシーがあるわけでも、ゲストハウスのように清潔でもない。 

ライダーハウスの「いい」はなかなか言葉にできないファジーな何かだ。

そんなことを思ったのはコレを読んだから。

・ある時代の「SONY」とかって、
 もちろん電機製品の会社なのだけれど、
 それだけじゃ言い切れないなにかがあった。
 テレビやら、ビデオやら、音楽を聴くためのツールやら、
 つくって売っているのは、そういうものだったから、
 会社の肩書きからしたら「電機会社」なんだよね。
 でも、おそらく、ほとんどの人が
 「その言い方でいいのかなぁ?」と思ってたよね。
 「Apple」も、コンピューターの会社ということで、
 いわば「精密機器・電子機器」の会社ということだけど、
 「そういうふうに言われると、ちがわない?」と、
 思ってる人が、いっぱいいたはずだ。
 「スターバックス」は、コーヒーのチェーン店だ。
 でも、それで言えてるという気がしなかった。
 「第3の場所」とかいう言い方なんかどうでもいいけど、
 もっとなにかが「スタバ」にはあるように思えた。

 そういうことは人間にも言えてさ、
 「SMAP」は、歌って踊れてコントもできるグループ、
 にはちがいないのだけれど、
 「それだけじゃない」なにかを発散していたよね。
 イチロー選手は、メジャーですごい年棒になったとき、
 「野球だけ、というには大きすぎる金額ですよね」と、
 決意に満ちた表情で語っていた。

 企業でも、個人でも、
 「なにかのかたちで言い切れない」というときが、
 いちばん元気のあるときなんじゃないかな。
 なにかをやるために、つまり目的があって
 会社も個人も存在していることになっているけれど、
 いちばんいいときっていうのは、
 「余ってこぼれでちゃう」んだろうな。
 そして、そういう「余ってこぼれでちゃう」ときには、
 けっして本人は、あれこれ余計なことは言わない。
 本職らしいことを、のびのびしっかりやってるだけだ。

『この世界の片隅に』という映画が、いま、
 映画というだけじゃないなにかになりつつある。
 でも、いちばんしっかりやったことは、
 映画を真剣に思い残すことなくつくることだったと思う。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「それだけじゃない」は、狙ってできるものじゃなさそう。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次より

 

この文章をよんで「 すごいな 」と思った。

なんとなくフワフワとした硬めの空気のようなものを感じさせるのだから、

糸井重里はすごい。

そして、影響力がある。

 

ライダーハウスのよさってのは、フワフワーッとした空気のようなものだ。

それはやってる本人からしてもよく解らない物で、どうしようもないものだ。

スーパーカブバイクとか移動手段とかビジネスバイクとか、そんな言葉だけで

言い表せないなにかがある。

その「なにか」を完璧に説明しようとしてはいけない、わかってもらおうと思ってはいけない。わかる人だけがわかればいいのだ。

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